筆者:税理士 佐久間 裕
日本では個人所得税の確定申告は原則として3 月中旬に終わりますが、米国をはじめ諸外国では申告期限が日本より⾧い国も多く、これから確定申告の準備に取り掛かるという方もいらっしゃるのではないでしょうか。
個人が稼いだ所得に対して課税される個人所得税について、日本では会社勤務の方は勤務先の会社が年末調整を行うことになるため、給与所得以外の所得がない、あるいは医療費控除やふるさと納税などの所得控除を適用しない場合には、一般的に確定申告を行う必要はありません。それに対し、米国、シンガポールをはじめ諸外国の多くの国では、給与収入だけであっても原則として納税者自身で確定申告を行う必要があります。
本稿では、日本の税制と共通点が多い米国連邦税の個人所得税の確定申告の概要を2020 年度の申告に適用される取扱いをベースに解説します。なお、本稿は読者に概要を理解して頂くことを目的としていますので、例外的な取扱い、コロナ救済措置(CARES 法)については解説を省略している部分があることを予めご了承下さい。
米国では日本と同様に暦年(1 月~12 月)課税年度が採用されています。
年間の各種所得金額の合計額から所得控除額を差し引いて課税所得を算出し、その課税所得に税率を乗じて税額を算出、その税額から税額控除、源泉徴収税額及び予定納税額を差し引いて申告納税額を算出する点も日本の制度と類似しています。
基本的な考え方として、すべての所得が課税対象になるとしつつ、政策的配慮、国民的感情を考慮して例外的に非課税所得が定められています。また、所得控除については、個人的な費用及び損失は控除することができないことを大原則とし、例外的に控除できる項目を限定列挙しています。
日本の制度と異なる点の一つとして、12 月末時点で結婚している夫婦については、お互いの所得を合算して申告する夫婦合算申告制度(Married Filing Jointly)が認められています。
暦年における総所得金額(Gross Income)が定額控除額(Standard Deduction)以上である場合には、確定申告が必要となります。2020 年度における定額控除額は、単身者(Single)の場合は12,400 ドル、夫婦合算申告(Married Filing Jointly)の場合は24,800 ドルで、65 歳以上の者又は視覚障害者には追加控除額があります。また、米国では年末調整制度がありませんので、年内に納付した予定納税額、源泉徴収税額が過大となっている場合など税金の還付を受ける場合にも確定申告が必要です。
米国市民及び居住者である外国人は米国内源泉所得及び米国外源泉所得の全世界所得が課税対象となります。非居住者である外国人は米国内源泉所得のみ課税対象となります。居住者には、グリーンカード保有者又は駐在員等一定期間以上米国に滞在する者が該当します。
翌年の4 月15 日までに申告書を税務当局(Internal Revenue Service、以下「IRS」といいます)へ提出する必要があります。申告期限の延⾧申請を4 月15 日までに行えば、自動承認され提出期限を6 か月延⾧することが可能です。但し、州によっては連邦税と同様の申告期限の延⾧を認めておらず期限が異なる場合もありますので注意が必要です。
申告書は電子申告又は書面により郵送で提出します。なお、申告期限を延⾧した場合であっても税金の納付期限は延⾧されませんので、4 月15 日までに見込納付を行う必要があります。不足額がある場合にはペナルティと利息が課されますので、実務上は多めに見込納付をしておき還付を受けるケースも見受けられます。
会社員は日本でも馴染みのある「給与所得者の扶養控除等申告書」に類似するForm W-4 を勤務している会社に提出し、会社はそのW-4 の記載内容に基づいて毎月支給する給与から所得税を源泉徴収してIRS へ納付します。会社は従業員に対してその年における給与支給額、源泉徴収税額を記載した源泉徴収票(FormW-2)を配布します。
また、不動産賃貸収入、自営業者の事業所得など源泉徴収の対象とならない所得が一定額以上ある場合には予定納税が必要となります。予定納税は、4 月15 日、6 月15 日、9 月15 日及び翌年1 月15 日の計4 回の分割払いとなります。源泉徴収税額及び予定納税額は、確定申告を行う際に年税額から控除することができます。
各種所得の主な内容は以下の通りです。
① 給与所得:給料、賞与、チップ、現物給与など。会社が負担する医療保険の保険料の他、教育費、保育料などの福利厚生費、通勤費は一定の金額まで非課税となります。
② 利子所得:公社債利子、預金利子、還付加算金など。州や地方自治体が発行する債券の利息は非課税ですが申告は必要です。
③ 配当所得:法人からの利益配当など。資本の払戻し相当は非課税となります。
④ 退職年金:個人年金(IRA)、企業年金などの給付金が該当します。
⑤ 社会保障給付:いわゆる公的年金であり、低所得者は全額非課税となります。
⑥ 譲渡所得:不動産、有価証券など資産の譲渡によって生じたキャピタルゲイン又はロス。事業用資産の譲渡損益は下記⑩のその他の損益に含まれます。投資用資産のキャピタルロスはキャピタルゲインとのみ相殺が可能であり、個人用資産(自宅、私有車など)のキャピタルロスはいかなる所得とも相殺できません。居住用資産の譲渡益は一定額(夫婦合算申告の場合は500,000 ドル)まで非課税となります。
⑦ 還付金:過去に税金控除をした税金(州所得税など)が還付された場合の還付金が該当します。連邦税の還付は税金控除の対象とならないため非課税となります。
⑧ 離婚慰謝料(Alimony):2018 年12 月31 日までに成立した離婚に係る定期的な慰謝料の受取額。一時金での受取額、養育費及び財産分与を除きます。
⑨ 事業所得:個人事業主の所得であり、総収入金額から必要経費を控除して算出します。純損失の繰越控除の規定があります。
⑩ その他の損益:事業用資産の譲渡損益などが該当します。
⑪ 不動産所得等:賃貸不動産の家賃収入の他、ロイヤリティ収入、パートナーシップからパススルーされる所得(利子配当所得など個別に配賦される所得を除く)などの受動的所得。受動的活動から生じた損失は、受動的所得とのみ相殺が可能です。
⑫ 農業所得:農作物、牛馬等の売却収入から必要経費を控除して算出します。
⑬ 失業保険給付:失業保険給付は給与の代わりに支払われるものとの考えから全額課税対象となります。
⑭ 雑所得:賞金、カジノ・宝くじなどのギャンブル収入、債務免除益など。身体的傷害に対する損害賠償金、労災補償などは非課税となります。
所得控除は、大きくAbove the line deductions とBelow the line deductions の2 つに区分されます。
Above the line deductions は、各種項目別控除の控除限度額などの基準となる調整総所得(Adjusted GrossIncome、以下「AGI」といいます。LINE とも呼ばれます)を算出するにあたって、各種所得の金額の合計額から控除する項目をいいます(Adjustments to Income)。Below the line deductions はAGI から控除する項目をいい、項目別控除(Itemized Deductions)又は定額控除(Standard deduction)のいずれかを有利選択することができます。
Adjustments to Income の主な内容は以下の通りです。
① 教育者(Educator)費用:学校の教師などが授業で使用するために自己負担した書籍代、消耗品費などについては年間250 ドルまで控除可能
② 医療費貯蓄口座積立:Health Saving Accounts への積立額のうち一定額まで控除可能
③ 自営業者税控除:Self-employment Tax(会社員のFICA Tax 相当であり日本における社会保険料に該当)について50%を控除可能
④ 自営業者の退職年金積立:自営業者が自己及び従業員のために積み立てた退職年金の積立額のうち一定額まで控除可能
⑤ 自営業者の医療保険:自営業者が自己、配偶者及び扶養親族のために支払った医療保険料
⑥ 定期預金早期解約違約金:満期前に定期預金を解約した場合に請求される早期解約違約金
⑦ 離婚慰謝料(Alimony):2018 年12 月31 日までに成立した離婚に係る離婚慰謝料(一時金の支払、養育費、財産分与を除く)
⑧ 個人退職年金積立:個人退職年金(IRA)の積立額のうち一定額まで控除可能
⑨ 教育ローンの支払利息:教育費の支払いに充てるためのローンに係る支払利息について年間2,500 ドルまで控除可能
⑩ 教育費:一定の適格教育費(授業料など)について年間4,000 ドルまで控除可能
Itemized Deduction の主な内容は以下の通りです。
① 医療費控除:日本の医療費控除よりも控除可能な費用の範囲は広く、定期健診費用、眼鏡・コンタクトの購入代、レーシック手術費用、医療保険料も控除の対象となります。なお、美容整形、歯列矯正、植毛費用など見栄え、外見を良くする費用の他、処方箋の必要がない市販の医薬品の購入費は控除の対象とはなりません。日本と同様にハードル式控除制限が設けられ、2020 年度はAGI の7.5%を超過する部分が控除可能です。
② 税金控除:自宅の固定資産税、従価税、州の所得税、外国所得税などについて年間10,000 ドルを限度として控除可能です。州の所得税については売上税(Sales Taxes)の負担と比較していずれか大きい額を選択適用ができます。外国所得税については税額控除と選択適用が可能です。
③ 支払利息控除:住宅ローン控除が借入金元本750,000 ドルを限度として適用できます。その他、投資のために借り入れた借入金に係る支払利息について、その年の投資所得を限度として控除が可能です。
④ 寄付金控除:教会、非営利の学校や病院、赤十字などIRS が指定している適格団体に対する寄付については一定の限度額まで控除が可能です。外国の公益慈善団体(例えば日本赤十字社)は適格団体に該当せず寄付金控除の対象とはなりません。
⑤ 雑損控除:連邦政府より指定された災害地域内で発生した災害損失について、保険金などで補填される部分を除き控除の対象となります。医療費控除と同様、ハードル式控除制限が設けられ、2020 年度はAGI の10%を超過する部分が控除可能です。
⑥ その他控除:一例として、ギャンブル損失についてその年において生じたギャンブル収入を限度として控除が可能です。
総所得金額から所得控除額を控除した課税所得に対し乗ずる税率については、日本と同様に超過累進税率が採用されています。2020 年度における最高税率は37%です。適用される税率の階層は申告ステータス(単身者、夫婦合算申告など)により異なります。また、⾧期譲渡所得及び適格配当については軽減税率(最高20%)が適用されます。
代替ミニマム税(Alternative Minimum Tax、以下「AMT」といいます)は日本には存在しない制度です。前述の方法により算出した税額が、最低限負担すべきとされる税額(Tentative Minimum Tax)に満たない場合、その差額をAMT として納付する必要があります。
AMT の計算方法の説明は割愛しますが、AMT は優遇税制の恩典を巧みに利用することによって税負担額が低くなりすぎることを防止する目的がありますので、一般的な会社員が定額控除を選択して申告する場合には適用とならないケースが多いようです。なお、追加納付したAMT には繰越控除の制度があり、将来の通常の算出税額から控除することができます。
税額控除は、Gross Tax(課税所得に適用税率を乗じて算出した税額)と比較し、税額控除の方が大きい場合に還付されない項目と還付される項目の2 つに分かれます。
還付されない税額控除には、外国税額控除、扶養親族控除、教育費控除(一部還付可能)、IRA 積立控除などがあります。
還付される税額控除には、源泉徴収税額及び予定納税額の他、子供税額控除などがあります。
Gross Tax から税額控除額を差し引いた金額が、申告納税額又は還付額となります。
以上が米国連邦税の個人所得税の概要となります。
適正な申告を行わないと将来の税務調査において否認され追徴課税が行われることは日本と同様ですが、日本と異なる点として、過少申告に係る罰則金については納税者のとった申告ポジションが合理的な根拠に基づいていると認められる場合、これが免除されるケースもあります(但し、延滞税については免除となりません)。従って、税務上の取扱いがグレーな取引につき保守的なポジションよりも納税者有利となるポジションを採って申告することも多いようです。過少申告に係る罰則金の免除を受けるためには、内国歳入法(Internal Revenue Code)、連邦税法施行規則(Federal Tax Regulations)、判例などに基づく合理的な根拠を示してIRS と交渉する必要があるため、米国の会計士、弁護士等の協力が必須となります。
また、米国では政権が変わる度に大きな税制改正が行われる傾向があり、バイデン政権のもとでも個人所得税では最高税率の引き上げ(37%から39.6%へ)、富裕層の⾧期譲渡所得及び適格配当に対し100 万ドル(夫婦合算申告の場合)を超える部分を通常税率で課税するなどの改正が検討されていますので、情報のタイムリーなアップデートが必要です。
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