筆者:野原 邦亮
相続・事業承継対策と聞くと、「失敗しない」ための対策というイメージを持たれる方が少なくないのではないでしょうか。実際、私たち税理士法人が主催するセミナーや出版物のタイトルにも「失敗しないための〇〇」を使うことが多いですが、「税対策」という視点で考えれば、税の問題では失敗が許されないという背景から、「失敗しない」ことが強く求められているのだろうと思います。
他方、「失敗しない」ための対策を取り続けることが、必ずしも「成功」につながるとは言えません。本当は、「成功する」ことを目指しているにもかかわらず、実際には「失敗しない」ための対策を取ってしまっているケースもあるのではないでしょうか。
日本では、ファミリービジネス(2022 年9 月発行ニュースレター参照)の事業や資産の承継対策で「失敗しない」ことが重視される背景には、承継の問題を税の問題として狭く捉えることが多いからではないでしょうか。これからはシステムの問題としても捉えていく視点を持つことが重要であり、そのためより高い視座と広い視野から問題・課題を捉えていくことが求められてくるのではないかと考えています。
VUCA(目まぐるしく変転する予測困難な状況)の時代は、本当の問題や解決策が容易に見つからない時代と言えます。だからこそ、不確実な状態の中でも、確かな真実を捉えていくための視点が重要になってきています。ファミリービジネスの承継や永続という⾧く、難しい問題に向き合っていくためには、これまでと違った視点や発想で問題に向き合うことが求められているのではないでしょうか。
本稿では、ファミリービジネスの経営者やオーナーの立場で、相続・事業承継対策に必要な視点とは何かを考えてみたいと思います。
日本の現行の相続税・贈与税は、第2次世界大戦後に、アメリカ占領下でアメリカ合衆国シャウプ使節団日本税制報告書(通称名シャウプ勧告)を受け、1951 年の税制改革によってされた税制度を基礎としています。シャウプ勧告では、財閥等への富の集中を防ぐため最高税率を高くすることが要求され、昭和25 年の相続税改正では、高度累進課税制度がとられ最高税率は90%にも達しました。その後、相続税率を引き下げる税制改正が行われてきたものの諸外国と比べて相続税率が高い状態が続いています。他方、世界をみわたすと、かなりの国では相続税がないことや相続税のある国でも基礎控除額を引き上げたり、税率を引き下げる国も増えています。
そうした背景もあり、我が国における事業や資産の承継対策では、税務面でのプランニングが非常に重視されてきました。それは誤解を恐れずに言えば、「税務ありき」の対策が重視されてきた歴史といえるかもしれません。そのため、財産承継対策は、税対策に主眼が置かれてきたことから、特に税務リスクをいかに回避するかが重視され、結果として「失敗しない」ことを目的にすることが多くなった要因のひとつかもしれません。
また、財産を次世代にどのように承継するかを考える際、そのことを親が子どもに生前から積極的に伝えるケースは少ないと言われています。その主な理由は、子供が親のお金に興味を持つことは良くないことだという考えが根強くあり、これは、親と子どもの両方に共通した考え方だと言われています。そのため、親から子への財産の承継という話題は、親子でもアンタッチャブルなテーマとして扱われています。親子がそれぞれの本音や想いを伝え合うことなく、相続を迎えてしまうため、どうしても相続発生後に家族が争いになることだけは防ぎたいという保守的な目的が優先され、結果として「失敗しない」ことが重視される土壌を作っているのかもしれません。
そして、私たちのような専門家の立場で言えば、財産を遺す人の声やニーズを踏まえて承継対策を考えるわけですが、そのプロセスに財産を受け取る人を参加させていない点もそうした土壌を生み出している要因と言えます。
では、税務に主眼を置いた承継対策は、どんなことが問題になるかを考えてみます。
上述したように日本では財産承継対策を検討する際、税務のプランニングを重視する傾向が強い。勿論、税務のプランニングそのものは大変重要な視点であり、それを否定しているわけではありません。
しかしながら、そうしたプロセスで対策を進めていくと、ありたい姿と現状とのギャップから本当の問題を捉えていくことが難しくなり、承継における真の問題が見えない状態で対策が講じられることになりかねません。つまり、本当の問題が何かが見えていないものの、日本の相続税率は高いという誰にでも見える課題をいつのまにか承継対策の真の問題と捉えてしまいます。そして、目に見える課題に対して、目に見える効果のある解決策や答えを探そうとします。
しかしそれは、決して根本原因を解決しているわけではないため、対症療法になっている可能性が高いと言えます。ただ、対症療法も時と場合に応じてうまく使い分けていくことは重要ですし、対症療法を講じることが問題であるわけではありません。本質的な問題は、対症療法だけを繰り返していくと、根本的な問題や原因を解決しようとするエネルギーやパワーを奪ってしまうことです。将来別のもっと大きな課題が顕在化し、根本的な解決策を講じようとしても、それが足かせとなって動けないという事態を招いてしまうことこそが、本質的な問題と言えます。
日本では承継対策に関するソリューションは数多く存在しています。しかしながら、現在の社会は不確実性が高まり、過去の経験や成功体験が通用しにくくなっているため、問題や解決策を適切に見出すことが困難になってきています。そうした環境下では、そもそも問題というものをすぐに発見することが難しいという前提で、課題解決に向き合っていくことが大切です。心理学的には、人は問題が何かがわからない不安に直面すると、どうしても答えを求めたくなります。でも問題が何かがわからない中で出した答えは、本当の解決策ではないかもしれないのです。
だからこそ、ソリューションとの向き合い方に関して、ソリューションを具体的に考えるべきタイミングはどこなのかを改めて問うべきではないでしょうか。まずは中⾧期的な目的やゴールを見出すために未来を構想し、短期だけではなく中⾧期的な視点で問題が何かを洞察する。本来、ソリューションを検討するのはその後でも良いのではないでしょうか。
次に、どうすれば本当の問題を捉えることができるかについて考えてみます。
問題の捉え方については、様々な考え方やアプローチがある中、今回はファミリービジネスの経営者やオーナーの立場で、事業や資産の承継の問題の捉え方に関する視点を3 つご紹介します。
経営者やオーナーの立場では、企業のビジョンやありたい姿を構想し、それを言葉や文字にしていくことは一般的なこととして捉えられています。一方、ファミリーのビジョンを考え、言語化するケースは稀ではないでしょうか。ビジネスにはビジョンがあっても、ファミリーのビジョンはない。多くはそうした状況だと思われます。そもそも企業が理念に注目しはじめたのは、「『あなたの会社はなんのために存在するのか?』という問いに答えることこそが企業経営の本質である」と説いたピーター・ドラッカーの影響が大きいと言われています。もともと「企業理念」というものにやや近づき難さを感じている中で、ドラッガーの問いをそのままファミリーに当てはめて考えることに抵抗感を覚えるのも理解できます。
ただ、ファミリービジネスでは、オーナーとして事業を承継し、財産を承継していく主体は主にファミリーです。そのファミリーがどこへ向かうかという目的地や北極星を言葉として共有することは、⾧く繁栄する上で極めて重要な要素であると考えます。それは、日本で代々続く財閥などが家訓などを用いることによって、そうした目的を実現してきたことからも言えるのではないでしょうか。
問題解決の世界では、「問題」を「望ましい状態と現状の状況が一致していない状況」と定義します。
「望ましい状態」と「現状の状態」に「差分」があること、これを「問題」として確定するということです。したがって、「望ましい状態」が定義できない場合、そもそも問題を明確に定義することもできないということになります。つまり、「ありたい姿」を明確に描くことができない主体には、問題を定義することができない、ということになります。
そのため、財産承継における「問題」を適切に捉えていくためには、まずはファミリーとしての中⾧期的な目的やビジョンを問うことが不可欠なのではないでしょうか。
ファミリービジネスの特徴のひとつは、ビジネス(経営)、オーナーシップ(所有)、ファミリー(創業家)の3つの円が重なり合って出来ているシステムであることです。3つのサブシステム(円)が互いにつながり、影響し合う関係にあるため、たとえばオーナーシップの所有構造が変化すると、その影響はビジネスやファミリーにも及び、ファミリービジネスシステム全体に影響が及びます。それゆえ、ファミリービジネスの課題解決を支援していこうとすると、問題が起こっている場所の近くに必ずしも根本原因があるとは限らないという前提に立つことが大事です。たとえば、ビジネスで起こっている何らかの課題があった際、その根本原因はビジネスというサブシステム内にあるとは限らず、オーナーシップやファミリーの方に本当の問題が潜んでいる可能性があるという見方です。オーナーシップやファミリーから影響を受けて、結果としてビジネスサイドで問題が顕在化しているかも知れないため、ファミリービジネスの問題の本質を捉えるためには、ファミリービジネスをシステムとして捉え、問題を見出していく発想が必要となります。そして、ファミリービジネスシステム全体の血の巡りを良くしていくためには何が課題なのかという発想で考えていくことが肝要です。
なぜファミリービジネスの問題解決をシステムで考えなければならないのかを理解するためには、ファミリービジネスシステムをルービックキューブに例えると分かりやすいのではないでしょうか。ルービックキューブで赤の面を揃えようとキューブを動かすと、他の5面すべてに影響が及びます。ある面の色を揃えようとすると、別の面の色が崩れてしまう。ファミリービジネスシステムもまさにこれと同じ構造なのです。ビジネス、オーナーシップ、ファミリーは常につながっており、互いに影響し合っています。
だからこそ、根本的な問題を解決していくためには、システム全体で問題解決を考える発想とアプローチが必要と言えます。
ネガティブ・ケイパビリティという言葉は、英国の詩人ジョン・キーツが1817 年に家族への手紙で表明された言葉であるとされています。日本語の意味としては、最適解が見つからない事態に耐える力、正解なるものに安易に飛びつかない力、不確かな事態から逃げ出さずに踏みとどまり、未来を切り開く力などと言われています。VUCA の時代は簡単には問題や解決策が見つからない時代でもあります。だからこそ、より良い答えを導き出すために、敢えてすぐには結論を出さず、問題にじっと向き合い続けることも大切です。
ネガティブ・ケイパビリティの対義語はポジティブ・ケイパビリティですが、ポジティブ・ケイパビリティは、課題に対し情報を収集し、最良の解を見出して、実行する力とされています。つまり、その能力を発揮するべき状況や問題がわかっているときに有効な力と言えます。
ファミリービジネスは複雑なシステムであり、独自のペースでシステムが変化しているため、本当の問題を捉えることは容易ではありません。だからこそ、ファミリービジネスの問題解決は常にポジティブ・ケイパビリティを発揮するのではなく、答えがすぐに出ない問題に対しては、ネガティブ・ケイパビリティの力を大事にすることが欠かせません。ビジネスの本質は、真理や倫理を追究することでもあると言えますから、哲学や宗教などのリベラルアーツを最大限に活かし、サイエンスとアートの両方の視点から二律背反やジレンマ、トリレンマなどの問題に向き合っていくことも大切です。
例えば、禅の問題というものはそう簡単に答えが出るものではありませんが、その答えの出ない問題をずっと抱え込んで生きていくことに深い意味があると言われています。臨済宗円覚寺派管⾧であり、花園大学総⾧でもある横田南嶺氏は著書で次のように述べています。(禅と出会う/横田南嶺著/春秋社)
まさに答えのない問題に向き合っていくためには、根が大切だと言っています。根をしっかり張るということは、解が簡単には見つからない状態に耐えることです。そうした向き合い方があってはじめて、ポジティブ・ケイパビリティを発揮して綺麗な花や葉を咲かせることができると説いています。
今回はファミリービジネスの問題解決について、これまでとは違った視点や切り口で紹介してきましたが、こうした考え方は従来からあったものであり、全く新しい視点というわけではありません。ただ、クライアントの問題解決を確実に支援していくためには、本当の問題、すなわちクライアントの懸念が何かを突き止めることが重要であることは論を待ちません。その意味では、今は革新的な解決策よりも優れた「課題」を見出すことの方に価値がある時代とも言えます。
文化人類学者・環境活動家の辻信一氏は、「私たちはBE(いる)のhuman-being(人類)のはずなのに、DO(する)ばかりのhuman-doing になっていないか?」と問いかけています。
ファミリービジネスはシステムとしてつながり、影響し合い、成⾧する生き物です。だからこそ、クライアントの問題解決を支援するためには、好奇心と共感力を大切にしていくことが重要になってきているのではないでしょうか。問題解決をシステムで考えるということは、ファミリービジネスというシステムのつながりを大切にし、つながりを強固にしていくことでもあります。そのためには、解決策や答え探しを追求するのではなく、どうありたいのかという目的やゴールをまず問うことから始めることが、ファミリービジネスの永続や課題解決に必要な視点だと思います。
ファミリーのビジョンや価値観を紡ぎだすために、まずはファミリーメンバーでそうしたことを話し合う機会を設けてみてはいかがでしょうか。その際、ファミリーだけで話し合うよりも中立な第三者の支援者を入れることで、より創造性のある豊かな話し合いができると思います。私共あいわ税理士法人では、そのようなサービス提供も行っています。